【音楽史01】世界最古の歌はどんなメロディ? 4万年前の笛と「セイキロスの墓碑銘」

音楽史

私たちが普段、通勤中やカフェで何気なく聴いている「音楽」。 スマホをタップすれば数百万曲が聴ける時代ですが、この**「音楽」という文化の歴史は、いったいいつ始まったのでしょうか?**

「クラシック音楽の父」と呼ばれるバッハが生きたのは、今から約300年前です。 しかし、人類と音楽の付き合いは、もちろんそれよりも遥か昔、文明が生まれる前から続いています。

今回は記念すべき音楽史シリーズの第1回。 考古学的な証拠が見つかっている**「約4万年前の笛」から、メロディと歌詞が完全に残っている「約2000年前の世界最古の楽曲」**まで、時空を超えた旅へご案内します。

実は、2000年前のヒットソング(?)に込められていたのは、現代の私たちにも痛いほど刺さる「あるメッセージ」でした。


音楽は「いつ」生まれたのか?(4万年前の証拠)

人類がいつから「歌」を歌っていたのか、それは誰にもわかりません。 言葉が生まれる前から、母親が子供をあやすハミングや、狩猟の合図、あるいは鳥の鳴きマネなど、声を使った音楽は自然発生していたと考えられていますが、「音」は空気中に消えてしまうため、証拠が残らないのです。

しかし、「楽器」となると話は別です。 現在、考古学的に「これが最古の楽器だ」と確実視されているものがあります。

それは、ドイツの洞窟(ホーレ・フェルス洞窟)で発見された「約3万5000年〜4万年前のフルート」です。

ハゲワシの骨で作られた笛

このフルートは「シロエリハゲワシ」という鳥の骨をくり抜いて作られていました。 驚くべきは、ただ穴が開いているだけでなく、指を押さえるための「指孔(トーンホール)」が5つ、きれいに並んで削り出されていたことです。

これは、4万年前の人類が、すでに「ドレミ」のような音階の違いを理解し、意図的にメロディを奏でていた決定的な証拠です。 当時の人々は、厳しい氷河期の夜、焚き火を囲みながらこの笛を吹き、祈りや娯楽の時間を過ごしていたのかもしれません。


粘土板に残された最古の楽譜(3400年前)

時代はぐっと進み、文明が発達して「文字」が使われるようになると、人々は「消えてしまう音楽を、記録として残したい」と考えるようになります。

現在見つかっている中で、「文字で書かれた最古の楽譜」とされるのが、紀元前1400年頃(約3400年前)の古代ウガリット(現在のシリア)で書かれた「フルリの賛歌(Hurrian Hymn)」です。

これは粘土板に、当時のクサビ形文字で刻まれていました。 「ニッカル」という果樹園の女神様に捧げる賛歌で、歌詞と一緒に「竪琴(リラ)の弦をどう張るか(チューニング)」や「どの弦を弾くか」といった演奏指示が書かれています。

ただ残念なことに、この粘土板は損傷が激しく、解読も非常に難しいため、「完全に元の曲を再現できる」とまでは言えません。研究者によって解釈が分かれており、あくまで「復元」の域を出ないのが現状です。


奇跡的に完全な形で残った「セイキロスの墓碑銘」(2000年前)

では、「歌詞も、メロディも、リズムも、完全にどう歌うかがわかっている最古の曲」は何か?

それが、今回の主役である「セイキロスの墓碑銘(Seikilos Epitaph)」です。

時代は紀元後1世紀〜2世紀頃(約2000年前)。場所は古代ギリシャ文化圏(現在のトルコ近郊)です。 1883年、鉄道工事中に偶然発見された「石柱(墓石)」に、その歌は刻まれていました。

なぜ「完全」なのか?

この石柱には、歌詞の文字の上に、音の高さを示す記号と、リズムを示す記号がはっきりと刻まれていました。現代の五線譜にそのまま書き起こすことができ、2000年前の人が歌ったのと全く同じメロディを、今の私たちが歌うことができるのです。

では、2000年前の人は、石に刻んでまで、どんなことを歌いたかったのでしょうか?


2000年前のメッセージ「生きている間は輝いていて」

「墓碑銘」という名前から、暗くて重々しいお経のような曲を想像するかもしれません。 しかし、実際に演奏してみると、アコースティックギターの弾き語りが似合うような、明るく、どこか哀愁のあるフォークソングのような曲調です。

そして、その歌詞(古代ギリシャ語)の和訳がこちらです。

生きている間は、輝いていてください。 決して、思い悩んだりしないでください。 人生はほんの束の間で、 時間はすぐに、終わりを告げるのだから。

いかがでしょうか。 「人生は短い。だからクヨクヨせずに、今を楽しんで輝こう」

このメッセージは、現代のポップソングで歌われていても全く違和感がありませんよね。 この石柱を建てた「セイキロス」という人物が、亡くなった妻(エウテルペ)に向けて贈った言葉なのか、それとも自分自身の人生訓として刻んだのかは定かではありません。

しかし、2000年前の古代人も、私たちと同じように「人生の短さ」や「時間の儚さ」を感じ、精一杯生きようとしていた。 その想いが、音楽というタイムカプセルに乗って現代に届いたと考えると、非常に感慨深いものがあります。


まとめ:記録の時代へ

4万年前の骨の笛から始まり、石に刻まれた「セイキロスの墓碑銘」まで。 音楽は、形のない「記憶」のものから、形に残る「記録」のものへと進化しました。

しかし、この時点ではまだ、世界共通の「五線譜(ドレミ)」はありません。 音楽が、誰でも読める「楽譜」というシステムを獲得するには、ここからさらに数百年、中世ヨーロッパの修道士たちの発明を待たなければなりません。

次回は、いよいよ「中世ヨーロッパ」へ。 私たちが音楽の授業で習った「ドレミ」は誰が作ったのか? 音楽史を大きく変えた「グレゴリオ聖歌」と楽譜の進化の歴史を紐解いていきます。

どうぞお楽しみに!

コメント

タイトルとURLをコピーしました