【神武天皇物語 Vol.1】伝説の始まりは「地方アイドルの上京」から!? 涙の敗戦と兄の死

日本史深堀

神武天皇ってどんな人だった? 物語を作ってみました。

こんにちは、歴史とアイドルを愛するブログ管理人です。 普段は「Chikita」の恵福かほちゃんを推していますが、今日からは日本史上最大の推し、初代天皇・神武天皇(じんむてんのう)の物語を語らせてください。

皆さん、神武天皇って「最初から凄かった」と思ってませんか? 実は、彼のスタートは「地方の地下アイドルが、マイクロバスで東京ドームを目指す」くらい過酷で、泥臭いものだったんです。

今日は、そんな涙なしでは語れない「神武東征(じんむとうせい)」の幕開け編です。

九州のアイドル、旅立ちを決意する

物語の舞台は、今の宮崎県、日向(ひゅうが)の国。 当時、カムヤマトイワレビコ(後の神武天皇)は、4人兄弟の末っ子として暮らしていました。年齢は45歳。結構なベテランです。

ある日、彼は兄の五瀬命(イツセノミコト)と緊急ミーティングを開きます。

イワレビコ「ねえ兄さん。僕たち、このまま九州の西端にいていいのかな? もっと日本の中心(大和)に行って、国全体を良くするべきじゃない?」

これ、アイドルで言えば「地元じゃ負け知らずだけど、やっぱりメジャーデビューして全国に笑顔を届けたい!」という決意表明です。 こうして、一族郎党を率いた「神武東征ツアー」が始まりました。

瀬戸内海ドサ回りツアー

しかし、すぐに大和(奈良)に着いたわけではありません。 宇佐(大分)や安芸(広島)、吉備(岡山)など、各地の有力者に挨拶回りをして、力を蓄えながら進みました。 なんとこの「地方ドサ回り」、数年単位かかっています。地道な活動、推せますね。

そして準備万端整えて、いよいよ浪速(大阪)へ上陸! 目の前には生駒山。これを超えれば約束の地、奈良です。

しかし、そこで待ち受けていたのは、強力な「アンチ(敵対勢力)」でした。

最初の挫折と、兄・イツセの死

大和の地を支配していたのは、長髄彦(ナガスネヒコ)という豪族。 彼は、よそ者の侵入を許しませんでした。激しい戦いが始まります。

当時のイワレビコ軍は、「太陽に向かって(東に向かって)」戦っていました。 これが良くなかった。朝日が目に入って戦いにくいし、何より「太陽神(アマテラス)の子孫が、太陽に逆らって弓を引くなんてダメだ!」というジンクスが発動します。

この戦いで、最愛の兄、イツセノミコトが敵の矢を受けてしまいます。

イツセ「悔しい……。太陽の子なのに、太陽に向かって戦ったから負けたんだ……」

撤退を余儀なくされた一行。 傷ついた兄を連れて海路で和歌山方面へ迂回しますが、その途中でイツセノミコトは帰らぬ人となります。

どん底からの再起

結成メンバーであり、精神的支柱だったリーダー(兄)の死。 イワレビコ(神武天皇)の悲しみは計り知れません。

「メジャーデビューなんて無理だったんだ」 そう諦めてもおかしくない状況。 しかし、彼はここで止まりませんでした。兄の遺言である「太陽を背負って戦え」という教訓を胸に、困難な紀伊半島の山越えルートを選択します。

次回、イワレビコたちを襲う「謎の毒ガス(?)」と、伝説の「スーパーマネージャー」の登場。 神話はここからさらにヒートアップします!

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