この20年間は、日本史・世界史ともに「一つの時代が終わり、新しいシステムが始まる」という転換点です。ハンカチ必須の内容となっております。
歴史ファンの皆様、そして全世界のアイドルオタクの皆様、こんにちは。 「日本と欧州諸国の歴史」ブログ、管理人の歴史オタクです。
前回まで、特別企画として神武天皇の息子たちのドラマをお届けしましたが、今回は再び「年表形式」に戻って、紀元前599年から紀元前580年の世界を見ていきましょう。
この20年間、ついにその時がやってきます。 日本の絶対的エース、初代・神武天皇の崩御(卒業)。 そして、ギリシャのアテネでは、ブラック企業並みの環境を改善する「伝説の改革者」が現れます。
【日本】 巨星墜つ。神武天皇、127歳の大往生(BC585)
紀元前660年の即位から76年。 長きにわたり日本のセンターとして国を導いてきた神武天皇に、最期の時が訪れます。
『日本書紀』によると、神武天皇76年(紀元前585年)3月11日。 橿原宮(かしはらのみや)にて崩御されました。御年127歳(古事記では137歳)。
アイドル史における「神武崩御」の意味
これは単なる「王の死」ではありません。 「日本というグループを作った、創始者であり絶対的センター」の卒業です。
ファン(国民)の悲しみは計り知れません。 神武天皇は、今の奈良県橿原市にある畝傍山東北陵(うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)に葬られました。 まさに聖地の中の聖地です。
空白の3年間と、第2代・綏靖天皇の即位(BC581)
神武天皇が亡くなった後、すぐに次の天皇が即位したわけではありません。 喪に服す期間や、前回お話しした「タギシミミの反逆(後継者争い)」があったため、数年間の「空位期間(センター不在)」がありました。
そして、その混乱を鎮めた弟・神沼河耳命が、紀元前581年(綏靖天皇元年)1月8日、第2代・綏靖(すいぜい)天皇として即位します。 ここから、神話の英雄時代から、人間的な統治へとフェーズが移行していくのです。
【欧州】 アテネの救世主ソロンと「借金帳消し徳政令」(BC594)
一方、日本が初代の死を悼んでいる頃、ギリシャのアテネでは社会崩壊の危機が訪れていました。 貧富の差が拡大し、借金を返せない市民が次々と「奴隷」に売られていく……。 まさに運営崩壊寸前のブラック事務所状態です。
そこで、紀元前594年、一人の男が「アルコン(執政官)」に選ばれます。 彼の名はソロン(Solon)。
ソロンの改革(Seisachtheia)
彼は就任するなり、驚くべき「神対応」を行います。
- 借金の帳消し(徳政令): 「今日からみんなの借金はゼロ! 借金のために奴隷になった人は解放!」 これを「セイサクテイア(重荷おろし)」と言います。ファンなら泣いて喜ぶ福利厚生です。
- 財産政治(タイム・イズ・マネーならぬ、クラス分け): 血統(生まれ)ではなく、「財産の額」によって参政権を決めるシステムを導入しました。 「貴族じゃなくても、稼げば政治に参加できるよ!」という、実力主義への転換です。
ソロンの改革は、後の「民主主義」の土台となりました。 ドラコンの「厳しすぎる死刑ルール(前回参照)」を緩和し、アテネを「誰もが生きやすい街」に変えようとしたのです。
イギリス(ブリテン島)とバビロン捕囚
- イギリス: 相変わらず鉄器時代の静寂の中ですが、大陸との交易を通じて、少しずつ「社会の階層化(王や戦士階級の誕生)」が進んでいたと考えられます。
- 中東(バビロン): この時期、世界史的な大事件が起きています。 新バビロニアのネブカドネザル2世によって、ユダ王国が滅ぼされ、ユダヤの人々がバビロンに連行されました(バビロン捕囚:第一回 BC597年、第二回 BC586年)。 『聖書』の民が苦難の時を迎えている頃、日本では神武天皇が静かに世を去っていたのです。
【文化コラム】 日本の「殯(もがり)」と、ギリシャの「対話」
神武天皇の崩御に関連して、この時代の日本の死生観について触れておきましょう。
古代日本には「殯(もがり)」という風習がありました。 天皇や貴人が亡くなった後、すぐに埋葬せず、しばらくの間遺体を安置し、その魂を慰め、また復活を願う儀式です。
これは「死をすぐには受け入れられないファンの心理」に似ています。 「推しはまだ心の中で生きている」「もしかしたら戻ってくるかも」……そんな祈りの期間を経て、人々は少しずつ「死」を受け入れ、次代(綏靖天皇)へと希望を託していったのです。
一方、ギリシャのソロンは、市民を集めて「対話」と「法」で解決しようとしました。 「祈りでつなぐ日本」と「言葉で解決するギリシャ」。 どちらも、社会が崩壊しないための知恵だったのですね。
まとめ
- 日本(BC599-580):
- BC585: 初代・神武天皇崩御(127歳)。
- BC581: 第2代・綏靖天皇即位。第2章の幕開け。
- 欧州・世界(BC599-580):
- アテネ(BC594): ソロンの改革。「借金帳消し」で市民を救済。
- 中東(BC597/586): バビロン捕囚。
ついに、神話のカリスマが去りました。 これからの日本は、「欠史八代(けっしはちだい)」と呼ばれる、記録が少ない謎の時代に入っていきます。 しかし! オタクたるもの、少ない記録(供給)からこそ、当時の息遣いを読み取らねばなりません。
次回は紀元前579年〜紀元前560年。 第2代・綏靖天皇の治世と、ヨーロッパで始まる「専制政治(僭主)」の時代。 歴史の振り子は、行ったり来たりを繰り返します。
それでは、また次の歴史でお会いしましょう!


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